十国春秋卷六十一 南漢四 列傳 増城公主
増城公主
- 増城公主(一に県主に作る)は烈宗の女である。乾亨九年、長和の驃信鄭仁旻が使いを遣わして朱鬃白馬を致し、婚を求めた。使者は自ら皇親母弟の清容布燮と称し、金錦袍・虎綾紋・攀金&KR1149;刀を賜り、歸仁慶侯に封じ食邑一千戸とした。持節の鄭昭淳は好学で文辞があり、高祖はこれと逰宴して詩を賦したが、群臣の多くはこれに及ばなかった。ついに公主を仁旻に妻あわせた。明年、仁旻は丹薬を服して死に、公主はついにその国で終わった。また高祖の清逺公主は閩主璘に嫁ぎ、その伝は『閩春秋』に見える。