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十六国春秋李弇

名を改めた将

  • 李弇は字を子完といい、隴西狄道の人である。弇は本名を良といい、また妻の姓は梁であった。張駿はこれを戯れて言った、「卿の名は良、妻の姓は梁である。夫妻が相同じくして称すれば、子孫は何をもってその舅氏を目せようか。昔、耿弇は少年にして功事を立てた。吾は今、卿が耿氏に同じであることを頼みとする」と、そこで名を弇と改めさせた。
  • 官は武衛將軍・天水太守に至り、安世亭侯に封じられた。その孫の暠は涼土を王とし、遂に西涼王となった。
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十国春秋卷六十一 南漢四 列傳 髙祖皇后馬氏

髙祖皇后馬氏

  • 髙祖皇后馬氏は楚の武穆王の女である。貞明の初め、高祖は后を楚より迎えた。楚は王弟の存にこれを送らせ、優礼を加えた。后が嶺南に帰ると、高祖は改元して乾亨とし越帝と称し、后を越国夫人に封じた。明年、国号を改めて漢とし、三年、册立されて皇后となった。大有七年に薨じた。
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