十国春秋卷五十六 後蜀九 列傳 趙忠義

生涯と画業

  • 趙忠義は長安の人で、父の元徳は天復年間(901-904年)に蜀に入り、もとより鬼神・山水を描くことを善くした。
  • 忠義は広政年間、翰林待詔となり、後主はつねに関将軍を画いて玉泉寺の閣を起こさせたが、垂昂・畳栱(軒の組物)は向背に狂いがなく、匠氏に命じてこれを較べさせたところ、一つの差もなかった。その精妙なることはこのようであった。