十国春秋卷五十六 後蜀九 列傳 阮知誨

生涯と画業

  • 阮知誨(一に阮知悔に作る。『図画見聞誌』にはまた阮知晦に作る)は成都の人で、絵事を善くし、あわせて写貌に長じた。
  • 前蜀の時、先主の真(肖像)を写して首出(第一人者)と称された。乾徳年間、後主の像を大聖慈寺に写した。高祖の明徳の初め、また帝の像を三学院に写し、および皇后・玉清公主の二象を内庭に描いた。
  • 知誨は両朝に仕え、多く皇姑・貴戚の影像を画き、たびたび翰林待詔・銀青光禄大夫・検校尚書左僕射兼御史大夫上柱国を授けられた。
  • 子の惟徳は父の風があり、後主に仕えて翰林待詔となり、とりわけ宮闈・禁苑・帝戚富貴の事を写すことを善くした。「宮中賞春」「公子夜宴按舞」「熨帛」等の図がある。