十国春秋卷五十一 後蜀四 列傳 季鎬
季鎬
季鎬はその出自を詳らかにしない。高祖の幕府にあって判官となった。時に高祖と董璋が兵を治めまさに戦おうとした際、高祖は故らに閑暇を示し、自ら書を作って璋に遺そうとした際、筆を挙げるとたびたび誤って「董」を「重」の字に書いてしまい悦ばなかった。久しくして鎬は側にあって独り内心喜び、しかも諸将を引いて馬前に賀した。高祖は「事はいまだ測るべからざるに、何を賀するのか」と言った。鎬は「大王が草書で去った重は董がすでに頭無きことにて、必勝の兆であります」と言った。果たして一戦して璋は敗れた。人は鎬を警敏とした。