十国春秋卷五十 後蜀三 列傳 嘉王仁操
嘉王仁操
仁操もまた後主の弟である。初め右領軍衛将軍同正となり、仁贄らと同日に嘉王に封じられ検校太傅となった。広政二十一年、永寧軍節度使を領した。常に後主に侍って梔子園で射たとき、仁操は連続して二十四回中てた。二十四年、検校太尉を加えられた。とりわけ釈氏を奉じ禅理を深く究めた。宋に帰し右監衛上将軍を授けられ、累って右龍武統軍に遷った。雍熙三年、薨じた。また宋の陸游は、故蜀の燕王の宮の海棠の盛んなることを成都第一とすると言うが、燕王がいかなる人であったか詳らかでない。しばらくその封号を識して考証を俟つこととする。