十国春秋卷五十 後蜀三 列傳 雅王仁贄

雅王仁贄

仁贄は字を忠美といい、高祖の子である。後主より年少であった。初め左威衛将軍同正となり、広政十三年、雅王に封じられ検校太傅となった。二十年、保寧軍節度使を領し、二十四年、検校太尉を加えられた。宋の師が境に入ると、後主は仁贄を宋闕に詣らせ表を上げて罪に待たせた。宋太祖は広徳殿で召見し、襲衣・玉帯・鞍勒馬を賜い、まもなく雲麾将軍検校太傅右神武統軍兼御史大夫上柱国平昌県開国伯食邑七百戸を授けられた。母の喪に丁って起復し大同軍節度西京都巡検使を領した。開宝四年、薨じた。年四十四。太子太師を贈られた。