十国春秋卷四十二 列傳 温顗

温顗

  • 温顗は唐の助教温庭筠の孫である。父の温憲は光啓年間、山南の従事となり、李巨川が憲の推薦表を起草した際、庭筠の不遇を大いに述べて言った。「蛾眉(美人)が先に妬まれ、明妃(王昭君)は国を去る人となった。猿臂(弓の名手の腕)を自ら傷み、李広はついに侯に封ぜられぬ将となった。」顗はその家業をよく継ぎ、隠微な事柄を絵画のように描き出すことを得意とし、高祖に仕えて官は常侍に至って没した。