☰ メニュー
十国春秋卷三十九 前蜀五 列傳 王宗賀
王宗賀
王宗賀はどこから起こったか分からない。髙祖に事えて姓名を賜り子とされ、官は指揮使であった。天復二年、山南西道節度使王宗滌が罪により死ぬと、髙祖は宗賀に命じて興元留後を権(かり)に司らせた。数年して兵を率いて馮行襲を金州で撃ち、向かうところみな克った。永平元年、王宗祐らとともに招討使に充てられ岐を伐ったが、青泥嶺の戦いで師はことごとく殱滅した。まもなく中書令を加えられ、たまたま太子元膺の変が起こると、宗賀は乱を定める功があった。しばらくして卒した。
← 十国春秋卷三十九 前蜀五 列傳 王宗信
十国春秋卷三十九 前蜀五 列傳 王宗紹 →