十国春秋卷三十二 南唐十八 列傳 御厨
中朝の遺風を伝えた料理人
- 御厨はその姓名を失っている。もと唐の長安の旧人である。中使に従って江表(江南)に至ったが、崔𦙍が誅されて北司(宦官勢力)が誅殺されたと聞き、そのまま逃亡して命を保ち、御厨(料理人)はそのまま留まって呉に仕えた。烈祖が禅を受けてからは、御膳・宴設はこれに頼っており、ほぼ中朝(中原)承平の遺風があった。その料理には鷺鷥餅・天喜餅・駝蹄餤・春分餤・密雲餅・鐺糟炙・瓏璁餤・紅頭簽・五色餛飩・子母饅頭などの品があり、その製法は当時、精絶と称された。