十国春秋卷三十二 南唐十八 列傳 徐幼文

占夢の名人

  • 徐幼文は索紞の占夢の法を会得し、人のために吉凶を判断すると多く不思議に的中した。馮延魯の子である僎が進士に挙がろうとしたとき、ある夜、崇孝寺の幡刹の極めて高い所に登り、方響(楽器)を打つ夢を見た。幼文のもとに詣でて尋ねると、幼文は「声価はあるが、地に至って下がるだけだ」と言った。翌年、僎は名を成した(合格した)が、ある者はその予言が的中しなかったと誹った。幼文は「まことに私の言った通りだ、後にわかるだろう」と言った。数日も経たぬうちに、中書省が「試験官の取士は不当である」と奏上し、ついに合格の掲示を取り消して御試(皇帝親試)にかけたところ、僎は果たして落第となった。