十国春秋卷二十九 南唐十五 列傳 顔詡
家法の厳しさ
- 顔詡は禾川の人である。もとの唐の魯公真卿の後裔である。詡は若くして孤児となり、兄弟数人で継母に事えて孝で聞こえ、雅に辞翰を擅(ほしいまま)にした。晩年に至るまで一門百口、家法は粛然としていた。子弟に賓客と戯れる者があると聞けば、未だかつて面と向かって責めたことはなく、手ずから韋昭の『博奕論』を書き写して屋壁に掲げ、自ら恥じ入らせた。
- 詡の季父(叔父)が非礼に郷人の桑を占拠したので、その郷人が県に治めるよう求めると、邑令はこれを詡に下して評させた。詡は自分の銭で償ったので訴訟はそのままやんだ。享年七十余で卒した。