十国春秋卷十 列傳 徐融
斉王の異志を諷して害に遇う
- 徐融はどこの人かわからない。斉王徐知誥が国政を秉っていたとき、徐融は宋斉邱・曾禹・張洽・孫飭らとともに徐知誥の賓客となった。剛方率直で曲がってへつらうことが少なく、身は斉王の幕にありながら、実際にはひそかに楊氏に心を寄せていた。
- 徐知誥はすでに異志を蓄えており、かつ僚属をそれとなく動かそうとしていた。ある日、大雪の日に酒宴たけなわとなり、徐知誥は「酒を行うのに楽しみがないのはよくない。義(決まり)として雪にちなんで古人の名に巧みに合うものを言うのを口令(酒令)としよう」と言い、盃を挙げて「雪が紛々と降る、これはすなわち白起だ」と言った。
- 宋斉邱は続けて「屐(げた)を着けて階を登る、必ず雍歯でなければならない」と言った。徐融はこれを折ろうとする意があり、にわかに「詰朝(あす)、日が出たら、蕭何をどうしようもない」と言った。
- 徐知誥は大いに怒り、その夜、徐融を捕らえて長江に投げ込んだ。これより(徐知誥の)謀に与る者は宋斉邱ただ一人だけとなった。