十国春秋卷十 列傳 楊廷式

剛直をもって聞こゆ

  • 楊廷式は字を憲臣といい、泉州の人である。正直で強禦(権勢)を畏れなかった。武義の初め、官は侍御史知雑事に至った。
  • そのころ張崇は徳勝節度使となって貪暴不法であった。ちょうど廬江の民が県令の収賄を訴えたので、徐知誥は楊廷式を遣わして往って取り調べさせた。楊廷式は「雑端(御史台の職)が事を推鞫するのは、その体(本旨)が至重であり、職務は行わないわけにはいきません」と言った。
  • 徐知誥が「どうするのか」と言うと、楊廷式は「張崇を械(かせ)に繋ぎ、吏に昇州の簿記のように都統(徐温)を責めさせます」と言った。徐知誥は「取り調べているのは県令だ、どうしてそこまでするのか」と言った。
  • 楊廷式は「県令は微官にすぎません。張崇がこれに民の財を取らせ、都統に転じ献じさせただけです。どうして大を舎てて小を詰るべきでしょうか」と言った。都統とは徐温を指す。徐知誥は謝して「たしかに小事で相い煩わせるには及ばぬとわかった」と言い、これによってますます楊廷式を重んじた。
  • 楊廷式はまた夢占いを善くした。県令の毛貞輔が広陵で選(官吏詮衡)に謁したとき、ある夕方、口の中に太陽を呑む夢を見た。目覚めても腹がなお熱く、楊廷式に問うたところ、楊廷式は「この夢は甚だ大きく、君が当たれるものではない。もし君についていえば、赤烏場の官を得るべきであろう」と言い、はたしてその通りになった。