十国春秋卷四 列傳 太子璉
太子璉
- 太子璉は睿帝の長子である。乾貞二年(928年)、江都王に封ぜられた。太和年間の初め、皇太子に立てられた。
- 天祚年間中、斉王知誥の娘を娶って妃とした。南唐が禅譲を受けると、降封されて弘農郡公とされ、平盧軍節度使・兼中書令を領し、その後さらに康化軍節度使に改められた。
- 昇元四年(940年)、璉が平陵に謁でて帰る途中、竹篠口で舟をつなぎ、大いに酔って、その夜のうちに急死した。ある説では、側近の者が唐主の意を承けて実際に璉を死に至らしめたのだという。
- 追封されて弘農王とされ、諡は靖といった。