経歴
- 字彥士,梁郡下邑の人。祖光之,魏淮南郡守。父静,南青州刺史。彦は少くして節操あり学を好み古を慕った。孝昌中,奉朝請より起家。孝武帝の関中入りに際し著作佐郎を兼ね起居注を修める。大統初,通直散騎侍郎を授かり左戸郎中に累遷。十二年,三十六曹を十二部に省き戸部郎中に改任,平陽県子に封。廃帝初,尚書右丞を拝し左丞に転じる。彦は尚書に十五年おり,軍国草創で庶務は繁多であったが省閣に心を留め怠らなかった。決断は流れるようで滞りなく,台閣はその公勤を嘆じその明察に服した。給事黄門侍郎に遷り左丞を兼ねる。宇文氏の姓を賜る。鄜州刺史に出る。六官が建てられると軍司馬に改任,伯に進爵。彦は性謙恭で礼節あり,顕要にあっても親族に対して謙虚であった。財を軽んじ義を重んじ施しを好み士を愛したため時論はこれを称えた。しかし常に病がちであったが職務に勤め臥床していても事務を執り,ついに卒した。諡は敬。
- 彦は臨終に子らに「昔の人は窾木を棺とし葛累を紐とし,下は泉を乱さず上は臭いを漏らさない,これこそ私の平生の志である。ただこれは矯枉の事であり世の士に譏られることを恐れる。今は時服で殮し磽㙺脊の地に葬り明器・芻塗及び儀衛を用いないでほしい,これを守ってほしい」と遺誡した。朝廷はこれを嘉しその志に背かなかった。
- 子升明が嗣ぐ。少くして顕職を歴任。大象末,太府中大夫・儀同大将軍。隋に仕え斉州刺史に終わる。
- 子仁政,長安県長。義軍が至ると罪により誅された。