北史卷六十一 列傳第四十九 叱列伏龜
叱列伏龜
- 字は摩頭陀、代郡西部の人。先祖は部落大人で、魏初に帰附して以来五世にわたり第一領人酋長を世襲した。容貌魁偉、腰帯十囲、進退詳雅で武芸も兼ね備えていた。父の業を継ぎ領人酋長に。魏孝昌三年(527年)別将として長孫承業の西征に従い金紫光禄大夫。洛陽帰還後都督となり、斉神武に寵任され大都督が加えられた。沙苑の敗戦で降り、周文帝は名門であるとして自ら縛を解いて礼遇し、邵恵公の娘を娶らせた。大統四年(538年)長楽県公。以後常に征討に従い戦功を重ね、侍中・驃騎大将軍・開府儀同三司・恒州刺史を歴任し卒した。子の椿が跡を継いだ。
- 椿、字は千年。明帝の時、驃騎大将軍・開府儀同三司、永世県公に改封。天和初年(566年)左宮伯、大将軍に進んだ。