北史卷五十五 列傳第四十三 敬顯儁

敬顯儁

  • 字は孝英。陽平太平の人。若くして英俠、高歡の信都挙兵に従い度支尚書に至った。高歡の鄴攻めでは土山の造営を督し、その功により永安縣侯に封ぜられた。内外の顕官を歴任し各地で治績を上げ、河清中、兗州刺史で没した。
  • 子の長瑜は武成の時代に廣陵太守となり多くの賄賂を受け取り、刺史陸駿が弾劾しようとしたが、和士開への賄賂で書屏風を偽って献上物に見せかけたため事は不問に付された。合州刺史に遷ったが陳に降ち没した。子の德亮は齊滅亡後、遺骸を持ち帰った。德亮は隋の開皇中、尚書郎で没した。