北史卷五十 列傳第三十八 楊機
清廉な吏歴と最期
- 楊機、字は顕略、天水冀の人。祖の伏恩は洛陽に移住した。機は若くして志節があり士流に称された。河南尹李平・元暉に功曹として召され、暉は郡事を委ね「君子は士を求める労を惜しまず賢を任せる逸を得る」と評した。京兆王愉国中尉に挙げられ愉に敬憚され、洛陽令として訴訟人の名と事情を記憶したという。司州別駕・清河内史・河北太守を歴任しいずれも能吏と称された。永熙中、度支尚書。方直の心を貫き公正を保ち、家貧しく小さな牛車に乗ることで清白と評された。辛雄らと共に斉神武に誅殺された。