北史卷四十五 列傳第三十三 江悅之

江悦之

  • 字彦和、済陽考城の人。七世祖江統は晋の散騎常侍で劉石の乱を避け南渡。祖・父は宋武帝に誅殺された。幼くして孤児となり宋に仕え諸王参軍、兵書と将略に長け部曲数百を養った。斉で後軍将軍、部曲は千余人。梁初、劉季連討滅の功で冠軍将軍。武興の氐族が白馬を攻めた際に撃退し南鄭進出を防いだ。梁秦二州刺史荘丘黒の死後、夏侯道遷・龐樹・李忻栄・張元亮・士孫天与らと共に梁州の北魏帰属を謀り、梁の華陽太守尹天宝の南鄭包囲を撃退する功績を挙げた。道遷と共に洛陽に至るが間もなく没し、梁州刺史・安平県子・諡莊を追贈。
  • 子の文遥・文遠。文遥は度量あり財を軽んじ士を好み、道遷の楊霊珍討伐で自ら剣を執り霊珍を斬った。父の爵を継ぎ咸陽太守として民情を細やかに把握し治績は雍州随一と評された。安州刺史として杜洛周・葛栄の反乱の中、孤城を守り抜いたが在職のまま没し、長史許思祖らが子の果を推して州事を代行させた。荘帝は果を通直散騎侍郎に任じたが、賊勢が強まると諸弟と城人を率い高麗へ亡命、天平中(534〜537年)に召還され元象年間(538〜539年)に帰朝した。文遠は騎射に勇み軍功により中散大夫・龍驤将軍。