北史卷三十七 列傳第二十五 呂羅漢
氐羌の乱を鎮めた宿将
- 本は東平寿張の人。祖の顕は河間太守を経て皇始初め魏に郡を挙げて降り鉅鹿太守として清廉の誉れを得た。父の温は上党太守として能名があった。
- 羅漢は仁厚篤慎で弱冠より武幹で知られ、氐の楊難当の侵攻で強弓の技を示し、賊将ら二十三人を射殺した。羽林郎に徴され、休官呂豊らの反乱を討ち、南安王余擁立・文成即位にも功があり龍驤将軍・野王侯・司衛監を経て散騎常侍・殿中尚書・山陽公に進んだ。
- 秦・益二州刺史として仇池の氐羌の乱を長孫観とともに撃破し、涇州の張羌郎の乱も禽えた。以後も秦・益の辺境で威恵を布いて土境を安んじ、孝文の褒美を受けた。内都大官として聴察に優れ、卒官し諡は荘公。長子の興祖が山陽公を襲い、のち例により侯に降った。