北史卷三十六 列傳第二十四 慶之

経歴

  • 長子の慶之、字は慶集。学業に優れ几案(実務)にも通じ廷尉丞を務めた。廷尉寺は北城に隣接し、ある夏の日に寺のそばで狐が捕らえられた際、慶之と廷尉正博陵の崔纂は「城狐は狡猾で害があるからすぐ殺すべき」「長育の月(生育の季節)だから秋分まで待つべき」と意見が分かれ、二卿の裴延俊・袁翻の間でも意見の相違があった。戯れではあったが議論は見るべきものがあり世に伝わった。
  • のち左丞を兼ね、并・肆の行台となり龍丘子の爵を賜り、滄州刺史を代行した。葛栄に攻囲され城が陥落した。まもなく病を得て没し、華州刺史を贈られた。