北史卷三十五 列傳第二十三 寶

経歴

  • 寶興は幼くして父を失い、母に至孝であった。尚書盧遐の妻は崔浩の娘。かつて寶興の母と盧遐の妻がともに懐妊していた頃、崔浩は「お前たちの生まれる子は皆私の出であるから、腹を指して婚を約してよい」と言い、婚儀の際には崔浩自ら儀礼を監督し「この家の礼事は美を尽くすべきだ」と語った。
  • 崔浩が誅されると、盧遐の後妻(寶興の叔母)も縁座で官に没収された。寶興も一時逃避したがまもなく解放された。盧遐の妻は度斤鎮で高車の奴とされていたが、寶興は財産をすべて売り塞外に出てこれを贖い連れ帰った。州から中従事・別駕に召され秀才にも挙げられたが、いずれも就かず、門を閉ざして人事に交わらなかった。爵位(長社侯・龍驤将軍)を襲い、没すると子の瓊が爵を継いだ。