北史卷三十四 列傳第二十二 江式
字法字、陳留済陽の人。六世祖瓊以来、家学として篆書・訓詁を伝えた文字学者。篆書に長じ洛陽宮殿諸門の題額を書いたことで知られる。延昌三年(514年)に文字の起源と歴史を体系的に論じた上表を行い『古今文字』四十巻の編纂に着手したが、完成を見ずに正光年間に没した。
出自と経歴
- 江式、字は法字。陳留済陽の人。六世祖の瓊、字は孟琚、晋の馮翊太守で蟲篆詁訓(篆書・訓詁)に長けた。永嘉の乱で瓊は官を棄て張軌のもとに身を寄せ、子孫は涼土に住み代々家学を伝えた。
- 祖父の強、字は文威、涼州平定後に代京に内徙した。三十余の書法を上表し各々体例を示し、経史諸子千余巻を献上して中書博士を拝した。死後、燉煌太守を贈られた。父の紹興は高允の推薦で秘書郎となり国史編纂を二十余年掌り、謹厚と称された。趙郡太守で没した。
- 江式は若くして家学を専門とし、数年の間しばしば夢の中で二人の人物に教えを受け、目覚めるたびに記憶した。初めは司徒長史兼行参軍・検校御史を拝し、まもなく符節令を除された。文昭太后の尊号諡冊の文を書いたことにより奉朝請を除され、符節令はそのまま。篆書に特に優れ、洛陽の宮殿諸門の題額は皆江式の書によるものであった。
『古今文字』編纂の上表(延昌三年=514年)
- 延昌三年三月、江式は文字の起源と歴史を論じ書物編纂を求める上表を行った。要旨は以下の通り。
- 伏羲が八卦を画し、蒼頡が鳥獣の跡を観て文字を創造して結縄に代えたことに始まり、周代の『周礼』では保氏が国子に六書(指事・象形・形声・会意・転注・仮借)を教えたとされる。
- 周の太史籀が『大篆』十五篇を著し、孔子・左丘明は古文を用いた。戦国の分裂で文字は乱れ、秦の統一後、李斯が『倉頡篇』、趙高が『爰暦篇』、胡母敬が『博学篇』を作り小篆を定めた。秦の隷書は程邈が作ったとされる。秦には大篆・小篆・符書・虫書・摹印・署書・殳書・隷書の八体があった。
- 漢代には尉律学があり籀書と八体を試験科目とし、草書も発生した。孝宣帝の時、張敞が『倉頡』を伝授され、涼州刺史杜業・爰礼・秦近らも通じていた。孝平帝の時、爰礼ら百余人を召して未央宮で文字を説かせ、揚雄が『訓纂篇』を作った。
- 新の甄豊が古文を改定し、六書(古文・奇字・篆書・佐書・繆篆・鳥虫)が定められた。孔子壁中書、張倉献上の『春秋左氏伝』も古文の系譜にある。後漢の曹喜、賈逵、許慎(『説文解字』十五篇)、蔡邕(石経の刊刻)らが文字学を発展させた。
- 魏では張揖の『埤倉』『広雅』『古今字詁』、邯鄲淳の『三字石経』、韋誕・衛覬の篆書、晋の呂忱『字林』、呂静『韻集』などが続いた。
- 現在(北魏)は文字が改変され篆形も隷体も乱れ、俗学が虚造を加え混乱している。文字は六経の宗、王教の始まりであり、前人が今に伝え、今人が古を識る手段である。
- 江式は自らの六世祖瓊が衛覬に師事し古篆の法を伝えたこと、祖父文威が涼州平定後にその学を魏に献じたことを述べ、自身がその家学を継ぐ者として、許慎『説文』を主とし、孔氏『尚書』『五経音注』『籀篇』『爾雅』『三倉』『凡将』『方言』『通俗文』ほか諸家の字書を集成し、古籀・奇字・俗隷の諸体を区別して一部の書物にまとめたいと願い出た。詁訓・仮借の意味や音読も付し、典書秘書の書物の借覧、学士・書生の助力を求めた。
- 詔は「請う所の如く可とし、太常に付す。教員として八書史を教えさせよ。名目は完成後に改めて上奏せよ」と応じた。江式はこうして字書を撰し『古今文字』と名づけ、全四十巻、許慎『説文』を本として上に篆、下に隷を配した。正光年間、著作郎を兼ねたが官のまま没し、巴州刺史を贈られた。書は結局完成しなかった。江式の兄の子で征虜将軍の順和も篆書に長けた。
- なお太和年間、兗州の沈法会は隷書に優れ、宣武帝が東宮にあった頃、これに侍書させた。のちその隷跡は評判となったが、崔浩の妙技には及ばなかったという。
史論
- 游雅の才業は高允に次ぐものであったが、陳奇を一族もろとも陥れたことで名声を絶たれた。
- 明根は儒者としての正道を貫き、非常の厚遇を受けた。太和の盛世に五更として遇されたのは稀有な栄誉であった。
- 肇は父祖の徳を継ぎ堂構をよく守り、幼帝の代に爵位を辞し、権臣の専横に抗節した姿は他の公卿を凌ぐものがあった。
- 高閭は文章に優れ、代々の朝廷で重用され、致仕の礼も手厚く行われた。
- 趙逸は文雅を自らの業とし、琰はこれに孝義を加えた。まさに世々人材を輩出した家系といえる。
- 胡叟は栄達と不遇の間を悠然と生き、一代の異才であった。
- 胡方回・張湛・段承根・闞駰・劉延明・趙柔・索敞は皆経史に通じ才志が並外れ、西州で重んじられ中原にも聞こえた。困難の中から自らを引き立てた点で、人には能力が必要であることを示す好例である。
- 宋繇は不遇の中でも志を伸ばし、ついに顕達を果たした。
- 遊道は剛直に自立したが、その使い方が身を煩わせることにもなった。
- 江式は家学をよく継承した点で称するに値する。