北史卷三十四 列傳第二十二 闞駰

経歴

  • 闞駰、字は玄陰。燉煌の人。祖父の倞、父の玖ともに西土で名があり、玖は会稽令を務めた。闞駰は経伝に博く通じ聡敏で、三史や諸家の言を一読すれば暗誦し、当時の人々に「宿読」と称された。
  • 王朗『易伝』に注釈を施し、『十三州志』を撰した。沮渠蒙遜に重んじられ常に側に侍り政事の得失を諮問された。秘書・考課郎中を拝し、文吏三十人を与えられ経籍の校訂に当たり諸子三千余巻を刊定した。牧犍にはさらに重んじられ大行台を拝し尚書に遷った。
  • 姑臧平定後、楽安王丕が涼州を鎮する際、従事中郎に引かれた。王が薨じると京師に遷ったが、家は貧しく飢寒を免れなかった。大食漢で一度に三升の飯を食べてようやく満腹となったという。死後、後嗣はなかった。