北史卷二十五 列傳第十三 陳建
陳建
- 陳建、代の人。善射をもって三郎に擢され下大夫・内行長に遷った。太武帝が山胡白龍を討った際、これを軽んじ数十騎だけを率い自ら度々山に登った。白龍が伏せた壮士が不意に出て帝は落馬しほとんど危険に瀕したが、建は身をもって賊を防ぎ奮戦して数人を殺し十余の傷を負った。帝はこれを壮とし別戸二十を賜った。文成帝の初め、幽州刺史として出て秦郡公を仮された。帝は建の貪暴懦弱を理由に使者を遣わし州で杖五十の罰を加えさせた。孝文帝の初め、尚書右僕射に召され侍中を加えられ趙郡公に進爵。建は晋陽侯元仙徳・長楽王穆亮・平原王陸睿とともに密かに南伐を上表し帝はこれを嘉した。司徒に遷り魏郡王に進爵。帝と文明太后はしばしば建邸に幸し建の妻を後庭の宴に招いた。薨去し子の念生が跡を継いだが、罪を得て爵を除かれた。