北齊書卷三十三 列傳第二十五 蕭祗
蕭祗(蕭明の族)
- 字は敬式、梁武帝の弟南平王蕭偉の子。若くして聡敏で容儀も美しかった。梁で定襄県侯に封じられ東揚州刺史となった。当時の江左は太平で政治が寛容すぎ人々は緩んでいたが、祗だけは厳切に統治し、梁武帝はこれを喜び北兖州刺史に遷した。
- 太清二年、侯景が建業を包囲すると、祗は台城陥落の報を聞いて斉に亡命し、武定七年に鄴に至った。文襄(高澄)は魏収・邢邵に接遇させ、太子少傅・平陽王師を歴任し清河郡公に封じられた。斉天保初め、右光禄大夫・国子祭酒を授かる。梁元帝が侯景を平定し斉と再び通好すると、文宣帝は祗らを南へ帰そうとしたが、まもなく西魏が江陵を陥したため鄴に留まり没した。中書監・車騎大将軍・揚州刺史を追贈された。