北齊書卷二十五 列傳第十七 王峻

王峻

  • 王峻、字は巒嵩。霊丘の人。明悟で謀略に長け、髙祖の相府墨曹参軍。事に坐して一時去官したが顕祖の開府に城局参軍として召され、恒州大中正、世宗の相府外兵参軍として淮陰平定に従い北平県男。営州刺史として斥候・疑兵を配して賊の不意を突き、境を安んじた。前刺史陸士茂の室韋族八百人殺害で朝貢が絶えていたが、峻は室韋の来襲を予測して大破し酋帥を捕らえて厚遇して放ち、朝貢を回復させた。
  • 茹茹主庵羅辰の東徙を予見して備え、菴羅辰が城西に至った際に奇伏で大破し名王郁乆閭豆拔提ら数十人を捕らえ京師に送り、庵羅辰を敗走させた。秘書監、廃帝即位後は洛州刺史・河陽道行台左丞、皇建中には洛州西界に長塹三百里を掘り城戍を置いて防諜した。河清元年祠部尚書、太僕卿、皇太子輔佐、侍中、都官尚書。周軍来寇時は東安王婁叡らと河陽防衛、懸瓠奪還のための南道行台。
  • 河清四年、格に違反した私度禁物・軍糧盗截の罪で本来なら斬刑・家族没官のところ、特詔で鞭百・除名・甲坊配属に減じられ、まもなく赦されて私門に廃されたが、天統二年驃騎大将軍・儀同三司に復し開府、武平初め侍中、四年に没し司空公を追贈された。