北齊書卷二十五 列傳第十七 張耀
張耀
- 張耀、字は霊光。上谷昌平の人。父の鳳は晋州長史。貞謹な人柄で吏職に明るく、給事中、司徒水曹行参軍を経て義旗の際、髙祖に中軍大都督韓軌府長史として抜擢された。韓軌が瀛冀二州刺史となった際は諮議参軍を務め、府僚・軌の左右百余人が贓罪に問われる中、耀のみ清白で免れた。丞相府倉曹、相府掾、天保初め都亭郷男、倉庫二曹の管理を任され、秘書丞、尚書右丞。
- 顕祖の急な夜間帰城の際、耀は真偽を確かめるため火を持たせて対面を求めてから開門し、顕祖に「郅君章を学ぶのか」と笑われた逸話が伝わる。南青州刺史(赴任せず)、秘書監。歴代に仕え恪勤で過失なく、俸禄を宗族に分け質素な生活を守った。『春秋』を月一遍読む習慣で賈梁道(賈逵)に比され、趙彦深の問いに「善悪の教訓を自ら戒め励むためで、古人の得失を論うためではない」と答えた。天統元年、世祖臨朝の際、奏事中に急病で倒れ帝が涙して惜しんだ。旬日後、六十三歳で没し、忠貞平直廉慎と称され、開府儀同三司・尚書右僕射・燕州刺史を追贈され、諡は貞簡。