吳子勵士第六

  • 要旨: 呉起は、厳刑明賞だけでは十分でなく、号令を人が喜んで聞き、出兵を人が喜んで戦い、刃を交えることを人が喜んで死ぬほどにすることが君主の頼みとすべきものだと説く。功に応じた饗応と顕彰によって士気を高めた実例を挙げる。

厳刑明賞を超えるもの

  • 武侯の「厳刑明賞で勝てるか」との問いに、呉起はそれだけでは頼りにならないとし、号令を喜んで聞き、戦を喜んで行い、死をも喜んで受け入れる状態にすることこそ君主が頼みとすべきものだと答える。

功に応じた饗応の実例

  • 武侯が方法を問うと、呉起は功のある者を敬い饗し、功のない者を励ますことを勧めた。
  • 武侯は廟廷に三列の席を設け、上功の者には前列で重器・上等の肉を、次功の者には中列でやや簡素な饗を、無功の者には後列で重器なしの饗を与えた。
  • 饗の後には功に応じて有功者の父母妻子にも廟門外で賜り物をし、戦死者の家には毎年使者を送って労い、忘れないことを示した。
  • これを三年続けた結果、秦が兵を興して西河に迫った際、魏の兵士は命令を待たずに甲冑を着けて自ら奮い立ち、その数は万を数えたという。

呉起の実践と勝利

  • 武侯が「かねての教えが実を結んだ」と述べると、呉起は、人には器量の差があり気には盛衰があるとしつつ、功のない者五万人を自ら率いて敵に当たらせてほしいと願い出た。
  • 一人の必死の賊が広野に潜めば千人が恐れるように、死を賭す者の力は大きいとし、五万人を死を賭す一団として率いれば必ず勝てると説いた。
  • 武侯がこれに従い、車五百乗・騎三千匹を加えて秦の五十万の大軍を破った。これは士を励ました功によるものだとする。

戦の前日の号令

  • 開戦前日、呉起は三軍に対し、車・騎・徒歩それぞれが自らの持ち場(車兵は車、騎兵は騎、徒歩は徒歩)で敵を討たなければ、たとえ敵軍を破っても功とは認めないと命じた。この結果、戦の日には号令が煩雑でなくとも威は天下に轟いたという。