後漢紀巻第二十一 孝桓皇帝 永興元年 153年
五月〜十一月 大赦と飢饉の賑給
- 五月丙申、天下に大赦した。
- 十一月丁丑、天下の死罪を一等減じた。
- 民が飢えて流亡する者が数十万口に及び、詔してそれぞれの地で賑給させた。
太尉袁湯の致仕
- 太尉の袁湯が致仕した。袁湯は字を仲河という。
- 初め陳留太守となり、善行を褒め旧事を語り伝えて風俗を励ました。かつて、孔子に出会わなければ伯夷・叔斉は西山の餓死人、柳下恵は東国の黙する臣にすぎなかった、名声が滅びずに残るのは書物のおかげだと言い、戸曹の吏に旧聞を記録させて『耆旧伝』を編ませた。
- 数年後に薨じ、特進を追贈され、康侯と諡された。子の袁成は左中郎将となり、袁逢と袁隗はともに三公となった。
- 太常の胡広が太尉、太僕の黄瓊が司徒となった。