後漢紀巻第二十一 孝桓皇帝 和平元年 150年

正月 太后の還政

  • 正月甲子、天下に大赦した。
  • 己丑、太后が詔を下した。先年、家に不幸が続いて大禍が重なった。宗廟の重さ、社稷の大きさを思って明哲な人を立てて政を委ねようとしたが、東西南北の賊徒がまだ服していなかったので、しばらく総攬して万機を助け治めた。
  • 今はことごとく討ち平らげ、遠方も慕い寄っている。「政を子に返して明らかに君臨させる」という義に従い、この日から皇帝が政令を出すこととする、とした。

二月〜五月 太后の崩御と追尊

  • 二月甲寅、皇太后梁氏が崩じた。
  • 三月甲午、順烈皇后を葬った。乙酉、大将軍梁冀の夫人に襄城君の爵を与えた。
  • 夏五月庚辰、匽貴人を尊んで孝崇皇后とし、その宮を永楽といい、すべて長楽宮の先例どおりとした。ただし藩国の后であるため京師に入ることができず、真定の五官に居住した。