後漢紀巻第十八 孝順皇帝 陽嘉四年 135年

宦官の養子相続と梁商の任用

  • 春二月丙子、詔して、今後は宦官が養子を後嗣とすることを認めた。
  • 夏四月甲子、太尉の施延が選挙にからむ収賄で免ぜられた。
  • 戊寅、執金吾の梁商を大将軍とし、前の太尉の龐参を太尉とした。
  • 梁商は誠実を旨として飾らず、蓄えが多ければ失うものも大きいと考え、子孫の累にならぬよう衣服や車馬は用に足りるだけにし、俸禄や賜り物は兄弟や旧知に分け与えた。
  • 心を虚しくして士に接し、門前に待たされる客はなく、倹約を守ったので一族も禁を犯さず、朝廷はこれを敬い憚った。在任中に招いたのは天下の英俊で、李固や周挙ら数十人を推挙した。

霍諝の弁護

  • 魏郡の霍諝の伯父にあたる宋光が、詔書を改竄したと誣告されて洛陽の獄に繋がれ、厳しい拷問を受けた。霍諝は十五歳で梁商に書を奉った。
  • 春秋の義は事情に立ち返って罪を定める。伝に人の心が同じでないのは顔が違うようなものだというが、それは高低広狭といった形の話である。鼻が縦、目が横、眉が目の上にあるのは誰でも同じである。心が異なるのは剛柔・緩急・傲慢と恭敬といった程度の差で、利に走り害を避け死を畏れ生を楽しむ点は同じである。
  • 自分は宋光と骨肉の間柄なので庇っていると見られ、冤罪だと言っても信じてもらえまいから、人情に照らして公平に考えてほしい。
  • 宋光は名門の子孫で経歴は順調、地位は州郡の頂点に達し、日々中央からの招きを待つ身で、何の落ち度もなかった。理由もなく詔書を改竄して何を救おうというのか。疑わしい点があれば道理に従って求めればよく、どうして死罪を冒してつまらぬことを解決しようとするだろうか。附子で飢えを癒し鴆毒で渇きを止めるようなもので、腹に入る前に喉が絶えてしまう。
  • 宋光が詔書に手を加えていないことは事情として明らかであり、台閣の担当者が知りながら正さなければ、宮門で嘆きの声が上がり闕の下で血の涙が流れ、和気を損なって災いを招き、害はいよいよ大きくなる。
  • 将軍は徳が盛んで位は高く人臣に並ぶ者がなく、言行は天地を動かし、挙措は陰陽を移す。心を留めて調べ、思い切って道理を信じられれば、必ず于公の高門のような福があり、和気がただちに応じて天下は幸いである。
  • 梁商はその文意を嘉し、ただちに奏して宋光の罪を許させた。

天変

  • 閏月丁亥、日蝕があった。
  • 十二月甲寅、都で地震があった。百官に封事を上らせ、忌憚なく述べさせた。