後漢紀巻第十 孝明皇帝 永平十二年 69年

春正月・永昌郡の設置

  • 春正月、永昌郡を置いた。

夏五月の恩賜と奢侈の抑制

  • 夏五月丙辰、天下の男子に爵二級、三老・孝悌・力田に三級、鰥寡孤独で自活できない者に粟二斛を賜った。
  • 天子は天下が無事で風俗が贅沢に流れているとして、有司に詔し、旧来の規定に従って車服の制を整えさせた。

牟融の司空就任

  • 乙亥、司空の伏恭が老病により罷免され、大司農の牟融が司空となった。
  • この頃、天子は政務に励み、公卿が朝会するたびに座に招いて政事を論じた。牟融は経学に明るく議論に長け、朝廷は皆その能力に服し、天子はしばしば感嘆して良宰相と評した。
  • 牟融は字を子夏といい、北海安丘の人である。若くして名徳で知られ、茂才に挙げられて豐令となり、治績が際立っていた。司徒の范逡が、忠正公明で経学と行いが備わっており中央に置くべきだと推薦し、あわせてその治績を奏上した。これによって召されて司隷校尉となり、多くを正して百僚に憚られた。数年で大鴻臚、さらに大司農に昇った。