後漢紀巻第八 光武皇帝 建武三十一年 55年
施しと天変
- 夏五月戊辰、天下の男子に爵位二級を与え、身寄りがなく貧しくて自活できない者に粟五斛を給した。
- 癸酉の晦、日食があった。
- 秋九月甲辰、死罪の者を蚕室に下し、女子は宮刑とする詔を出した。
鮮卑の来貢
- 鮮卑の大人である於仇賁が一族を率いて貢物を献じ、於仇賁は王に封ぜられた。
- 鮮卑もまた東胡の残存勢力である。鮮卑山に分かれて拠ったのでこの名がついた。言語や風習は烏桓と同じである。冒頓に破られて遠く遼東に逃れ、漢に通じて名を知られることもなく、烏桓と隣り合って暮らしていた。このころ南北の単于が互いに攻め合ったため、鮮卑はついに強盛となった。