撰述の動機
- 序者は袁宏、晉の東陽太守。
- 既存の後漢の史書を読んだところ、記述が煩雑で汚雑・混乱しており、眠くなって読み通せなかった。そこで暇な日を使って自ら資料を集め、『後漢紀』を編んだと述べる。
依拠した資料
- 拾い集めた材料として次を挙げる。荀悦『漢紀』、謝承の書、司馬彪の書、華嶠の書、謝忱の書、『漢山陽公記』、『漢靈獻起居注』、『漢名臣奏』。
- あわせて諸郡の耆舊伝・先賢伝の類にも及び、総計は数百巻に達した。
編纂の苦労
- 先行する史書は欠落や省略が多く、記事の順序が整っておらず、誤りや異同も多いが、それを正す者がいなかった。
- 八年をかけて経営したが、疲れ果ててなお定稿にできなかった。
- のちに世に伝わり始めた張璠の撰書を見たところ、漢末の事跡がやや詳しかったので、これを探ってさらに内容を補った。
史書観──史伝の意義
- 史伝が興った理由は、古今を通じさせ、名教を篤くするためだと説く。
- 左丘明の著作は広大で完備している。
- 司馬遷は六家を剖判し十書を立てた。単なる記事の羅列ではなく、義教を明らかにし治体を網羅するに足るものだったが、なお尽くしきってはいない。
- 班固は周到で行き届き、通人の作に近い。ただし司馬遷に依拠しており、新たに明らかにしたところがない。
- 荀悦は才知と経綸に富み、優れた史家といえる。叙述した当代の事柄は治功をよく捉えている。しかし名教の根本、帝王の高い義については、内に含みながら叙述しきれていない。
本書のねらい
- 前代の遺事に拠りつつ、義教の帰するところを略挙し、王道を広く敷きひろめて、先行史書の欠を補うことを目指す。
- 古と今とでは流れが異なり、言行や進退のあり方も異なる。ゆえに類ごとに書き分け、その名と事跡を見て人となりを思い描けるようにする。
- 左丘明が取捨と抑揚を加え、そこに自らの高い志を託したのに対し、後世の末端の官吏はただ注釈を付けるだけである。
- 彼らが称賛するのは事の表面の意義にとどまり、その外側にある含意は失われて伝わらず、遺風や余趣は跡形もない。
執筆の憂い
- 今の史書は古人の心そのものを写していない場合がある。
- 千年ののちに事実を歪めて伝えられる人が多くなるのではないかと恐れる。
- そのため、憂え、ためらいながら筆を執り、悲しい思いを抱くのだ、と結ぶ。