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後漢書
卷八十 孝明八王列傳第四十 淮陽頃王昞
淮陽頃王昞
永平五年、常山王に封ぜられ、建初四年淮陽王に徙され汝南の県が益された。十六年在位して薨じ、嗣を立てぬまま、永元二年に和帝が昞の子側を常山王(殤王)として後を継がせたが、側も子なく十三年で薨じ、父子とも国に赴くことなく京師に葬られた。
その月、側の兄の子章が常山王に立てられ(靖王)、延平元年就国、二十五年で薨じた。以後、頃王儀・節王豹と続き、豹の子暠は三十二年に黄巾の乱で国を棄て、建安十一年に国は除かれた。
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