後漢書卷八十 孝明八王列傳第四十 下邳恵王衍
下邳恵王衍
- 永平十五年に封ぜられた。容貌に優れ、肅宗(章帝)の即位後は常に左右に侍り、建初四年、臨淮郡・九江の五県が下邳国に益された。就国後、病で心が乱れ、太子卭が罪を得て廃されると諸姫が我が子を嗣に立てようと争い上書し合った。和帝は彭城靖王恭を遣わして嫡庶を正させ、子の成が太子に立てられた。
- 衍は五十四年在位して薨じ、子の貞王成が嗣ぎ、二年で薨じ子の愍王意が嗣いだ。中平元年、黄巾の乱で意は国を棄てて逃れ、乱後に復国、五十七年・年九十で薨じた。子の哀王宜が嗣いで数月で薨じ子なく、建安十一年国は除かれた。