後漢書卷八十 孝明八王列傳第四十 彭城靖王恭
彭城靖王恭
- 永平九年に霊寿王の号を賜り、十五年に鉅鹿王に封ぜられた。建初三年、江陵王に徙されて南郡を国とし、元和二年に六安王(廬江郡)に徙された。肅宗崩御の遺詔で彭城王(楚郡)に徙封された。
- 恭は敦厚で威重、挙動に節度があり、吏人に敬愛された。元初三年、子の酺が過失を咎められ自殺し、国相趙牧が恭を祠祀での大逆言と誣奏したが、朝廷は恭の平素の行いを重んじ考実の結果無実として牧を下獄させた(のち赦免)。恭は四十六年在位して薨じ、子の考王道が嗣ぎ、道の後は子の頃王定、その後は子の孝王和が嗣いだ。
- 和は至孝で母の喪に礼を過ぎるほど服し、桓帝が牛酒を賜って戻らせた。初平年間の大乱では賊昌豨に攻められ東阿に避難し、のち帰国して六十四年在位して薨じた。孫の祗が嗣いで七年、魏の受禅により崇徳侯とされた。