後漢書卷五十七 宣張王王杜郭吳承鄭趙列傳第十七 承宮

苦学の博士

  • 承宮、字は少子。琅邪姑幕の人。8歳で豚飼いをしていたが、徐子盛の春秋講義に聞き入り門下に留まり苦学した逸話が伝わる。乱世を避け漢中、蒙陰と移りながら農耕に励み、田を横取りしようとする者にも争わず譲った。
  • 永平中、召されて博士、左中郎将。北匈奴単于が「宮に会いたい」と求めた際、顕宗が身なりを整えさせようとすると「夷狄は名声を眩惑されるだけで実を知らぬ、私は醜いので威容ある者を選ぶべき」と答え、大鴻臚魏応が代わりに接見した逸話が伝わる。侍中祭酒、建初元年に没した。