後漢書卷五十七 宣張王王杜郭吳承鄭趙列傳第十七 王良
清貧を貫いた大司徒司直
- 王良、字は仲子。東海蘭陵の人。小夏侯尚書を学び王莽期は不仕で千余人に教授。建武年間、諫議大夫、沛郡太守を経て太中大夫、大司徒司直として布の衾・瓦器の質素な生活を貫いた。妻が田仕事の帰りに司徒史鮑恢に応対した逸話も伝わる。
- 病により帰郷、滎陽で病重く友人を訪ねるも「忠言奇謀もなく高位を得た者に何の用があるか」と拒絶される逸話がある。以後、召命があっても病と称して応じず、光武帝の蘭陵巡幸時にも子孫の徭役免除のみを賜り、家で没した。
史論(宣秉・張湛・王丹・王良)
- 論じて言う。仁を利用する者と仁を体現する者とでは本心が異なる。季文子は妾に絹を着せず魯人に称えられ、公孫弘は布の衾を用いたが汲黯に「詐り」と譏られた——事実は同じでも評価が分かれるのは、体するか利するかの違いによる。宣秉・王良は高位にありながら質素を貫き、世に信服された。誠を以て事に臨んだからこそ言葉より前に信を得たのである。張湛は偽善の誹りを気にせず、王丹は交友の道の難しさを知り抜いた。