元史卷一百九十六 列傳第八十三 黄冔

黄冔(字殷士)

  • 黄冔は字を殷士、撫州金渓の人。博学で経に明るく文を善くし、とりわけ詩に長じた。至正17年(1357年)左丞相太平の奏により淮南行省照磨を授かったが赴任前に国子助教を除され、太常博士に遷り国子博士に転じ、監丞に陞り翰林待制兼国史院編修官に抜擢された。至正28年(1368年)京城が破れると、冔は嘆じて「私は儒をもって身を立て、累なる国恩を蒙り胄子の師となり禁林で代言した、今たとえ私を戮する者がなくとも、どんな面目で天下の士に見えようか」と言い、井に身を投げて死んだ。享年61。詩文が世に伝わっている。