元史卷一百九十五 列傳第八十二 伊蘇台
伊蘇台
- 伊蘇台はその父の世延に別に伝がある。四川行省左右司郎中より西行台監察御史・河西廉訪副使を歴任し、黄州路総管に転じた。湖広がすでに陥落すると朝廷はその才を察し四川行省参政に昇進させ、平章の耀珠とともに賊討伐を命じた。耀珠の軍5千のうち精鋭8百を分け伊蘇台を前駆とした。賊はちょうど巴東県に拠っていたがこれを攻め抜き、時に帰・峡等の州はみな賊に守られていたが、伊蘇台は江上で賊を破り斬溺した者は数知れず、まもなく帰・峡は平定され、さらに進んで枝江・松滋両県を抜き、勝ちに乗じて江陵に趨いた。賊は清水門に出て陣し鏖戦は夕に及び、賊は退いて城に入った。伊蘇台はその門に拠って耀珠の軍を待ったが、黎明に賊が出て戦うこと3時(6時間)、耀珠の軍は百歩外に止まり救わなかった。賊は槍を飛ばしてこれを刺し、伊蘇台は死んだ。事が聞こえ栄禄大夫・陝西行省平章政事・柱国を追贈、涼国公に追封、諡は忠壮。