元史卷一百七十七 列傳第六十四 臧夢解
地方官としての賑恤と司法
- 臧夢解、慶元の人、宋末に進士に及第するも仕官前に宋が滅んだ。至元13年(1276年)婺州路軍民人匠提挙、後に息州・海寧知事。廉訪副使王之慶に剛直廉慎と評され、江陰の饑饉時には自ら現地に赴き4万5千余人を賑済した。江西行台治書侍御史苟宗道の推挙で桂陽路総管府同知。
廉訪使としての功績と晩年
- 広西粛政廉訪副使として賓州・藤州の達嚕噶齊や貪官姦吏80余人を処断し、邕州黄震・藤州唐氏婦の冤獄を平反した。江西粛政廉訪副使として臨江路総管李倜の贓罪を摘発。晩年は湖南宣慰副使で致仕、後至元元年(1335年)卒。著書に『周官考』『春秋微』。号は魯山大夫。
- 同時代の陸垕(字は仁重、江陰の人)も廉能で知られ、監察御史鄭鵬南に共に推薦された。徽州路総管府同知から浙西廉訪使に至り、贓吏の黜罷・冤獄の洗浄に努め、儒役の免除・浙西助役法の実施を建言した。享年50で卒、諡は荘簡。