元史卷一百六十六 列傳第五十三 張榮實
水軍の南征と交趾での戦没
- 霸州保定県の人。父進は金の北平公として信安城を守り、壬辰(1232年)太祖に降り征行万戸となるが甲午(1234年)徐州で戦死。榮実は質子として入宿衛後、水軍千戸として襄陽攻略で宋の漢水横断策を破り戦船数十艘を得た。己未(1259年)世祖の南征で陽羅渡の激戦を先陣で戦い抜き、中統元年(1260年)金虎符水軍万戸となる。
- 李璮討伐、丞相阿珠の襄陽攻めでの夏貴撃破、丞相巴延の南征で鄂漢渡河の先鋒、岳州・沙洋・新市・江陵の攻略、隆興・撫州の攻略で昭武大将軍に至り、福建道宣慰使、江東宣慰使行省参知政事を経て61歳で没した。子顔・玉・珪。
- 玉は水軍万戸を襲い懐遠大将軍、吉安の叛賊討伐、輔国上将軍都元帥兼水軍万戸として黄州を鎮守、蘄黄等路都元帥府の再編、鄱陽湖の賊討伐に従い南康に水軍万戸府を移す。至元24年(1287年)交趾征討に従い、25年(1288年)安南撤退の激戦で水涸れにより舟が動かず戦死した。子輔、孫道重が代々万戸を襲職した。