元史卷一百六十六 列傳第五十三 孟徳
済南自立から万戸家系へ
- 済南の人。国初に鄒平県令から淄州節度使を経て済南路事同知に至る。太宗8年(1236年)諸王奎騰の命で元帥となり済南軍を率い徐州・光州の宋軍を降し、憲宗即位3年(1253年)睢州守備、5年(1255年)海州守備で宋の吕文徳軍を破りその太尉劉海を捕えた。世祖の鄂州攻めに子義とともに従軍、李璮平定後は老いを理由に致仕。
- 義が万戸を襲い沂郯を鎮守。宋制置使夏貴の正陽攻撃を撃退、丞相巴延の宋征討で杭州・福建・温台の攻略に功、瑞州路達嚕噶齊、招討使を歴任し沂郯万戸に復す。元貞元年(1295年)老いて致仕。子智が三珠虎符を賜り宣武将軍として万戸を継ぎ、延祐2年(1315年)明威将軍、子安世が襲職した。