元史卷一百六十六 列傳第五十三 隋世昌

襄樊攻防の鉄槍将

  • その先は登州棲霞の人、父宝は萊陽に移り金末に軍伍に隷した。世昌は身長八尺、四十余斤の渾鉄の鎗を鍛え左右に振るう剛力で知られた。海州・東海・漣水の攻略で先登を重ね、夏貴軍を淮南新城で撃退、至元7年(1270年)萬山堡守備、9年(1272年)鹿門山で宋軍を破り、樊城攻略の一字城建設・大雪の中での礮簾設置で流血しつつ戦い抜いた。
  • 沙洋・新城の攻略で数矢を受け昏倒しながらも先登、丁家洲・揚州の戦い、宋の刀名「鉄鎗」で恐れられた。澉浦鎮守、海賊討伐など数百戦を経て身は金瘡だらけとなり61歳で没した。定海郡侯を追封され諡は忠勇。子国英が嗣いだ。