元史卷一百六十五 列傳第五十二 朱國寶

水陸を問わぬ戦功と南方経略

  • その先は徐州の人、後に宝坻に移る。父存器は修内司使として拾った金一嚢を主に返した清廉な人柄で知られた。国寶は水軍万戸解誠の下で鄂攻めに従軍し17戦を戦い抜いた。李璮討伐、襄陽攻略に従い戦艦を築造、丞相巴延の下で先鋒を願い出て船20艘を奪う功を挙げ、江陵・岳州・常徳の攻略で数千の敵を降し、静江(広西)攻略にも参加した。
  • 宋滅亡後も抵抗を続けた張世傑残党の何華・張翼を撃破し、船700艘・軍士200・民3万余戸を降した。海北海南道宣慰使として蜑賊を平定し、南寧の謝有奎を信義で帰順させ、黎民3000戸・蛮洞30所を降した。臨高蛮寇や大黎の討伐でも戦功を重ね、広南西道宣慰使、輔国上将軍都元帥参知政事行尚書省事を歴任し、江西で得た病で59歳で没した。子斌は海北海南宣慰使都元帥、贇は福州鎮守の副万戸となった。