元史卷一百五十一 列傳第三十八 王玉

万戸から按察副使へ

  • 王玉は趙州寧晉の人。金末に万戸として趙州を鎮め、太師国王穆呼哩の帰順に従い各州攻略に功、澤潞攻略では流矢で左目を失いながらも戦い続けた。金将武仙の反乱で妻子が包囲される苦境にも節を守り抜き、代わりに突囲して敵を撃退。西域商人への負債を肩代わりするなど義に厚く、中統元年(1260年)没。享年七十。子忱。
  • 忱は幼くして学び才識に優れ、裕宗潜邸に仕え山北遼東道提刑按察司副使等を歴任。宣慰司の不正な追徴を見抜いて摘発、江南人の奴隷化を禁じるよう求め、冤罪を晴らすなど公正な司法運用で知られ、按察司の廉訪司改称後は各道の廉訪使・総管を歴任、至大三年(1310年)中奉大夫として雲南行省参知政事に任じられたが赴任前に没した。