元史卷一百二十三 列傳第十 阿爾斯蘭

アス族の帰順と征戦

  • 阿爾斯蘭は阿蘇特氏、初め憲宗が阿爾斯蘭城を包囲した際、子の額森展とともに軍門に迎謁し、帝は手詔で阿蘇人を専領させ軍の半分を境内鎮守に還した。額森展を左右に置いたが實埒格叛軍と遭遇し力戦して死し、帝は使者に屍を包ませ還葬させた。阿爾斯蘭は「長子は国に力を尽くせず死んだ、次子の尼古爾を陛下に献じたい」と願い、尼古爾は烏蘭哈達の哈喇章征討に従い功を挙げ白金・名馬を賞されたが、伐宋で流矢に当たり死んだ。子の呼爾敦岱爾は管軍百戸となり世祖の命で博囉諾延に従い哈喇茂の地に赴き病で卒し、子の呼圖克特穆爾は武宗の潜邸時代に海都征討に従い功を賞され、至大元年(1308年)宣武将軍左衛阿蘇親軍副都指揮使を授けられ、四年(1311年)卒した。